平将門も「男系男子」
古代の反乱の1つ、「平将門(たいらのまさかど)の乱」。
主役は勿論、平将門。この人物は「平」姓から分かるように皇統の「男系」の血筋を引いている。第50代・桓武天皇の16人の親王の1人、葛原(かずらわら)親王の子だった高見(たかみ)王の、更にその子の高望(たかもち)王(天皇の曾孫)が、「平朝臣(たいらのあそん)」の姓を賜って、皇族の身分を離れた。
その高望王の孫に当たるのが平将門。れっきとした「男系男子」。しかも、皇族の身分を離れた人物の「孫」の世代。だから、皇籍を離脱してからの世代としては、現在、一部で皇籍“取得”が取り沙汰されている旧宮家系の未婚男性と、ほぼ重なる。
勿論、天皇との血縁の距離そのものは、5世の将門の方が遥かに近い(旧宮家系男性だと20世以上)。