憲法は、これまで漠然と考えられて来たのより、遥かに「天皇」という地位を重視している。そこを勘違いしてはならない。行政のトップ首相と司法のトップ最高裁長官を「任命」し、立法府である国会を「召集(上位の者が下位の人々を呼び集めること)」する。
つまり、三権より“上位”に天皇を位置付けている。これは、天皇が古代以来、国家の公的な秩序の頂点に位置付けられ続けた歴史的な経緯とも、整合的だ。
即位礼において、天皇陛下が「高御座(たかみくら)」にお昇りになって、三権の長より高い位置におられるのは、そうした憲法が想定する国家秩序での“序列”を反映したもの。
当日、安倍首相が読み上げた「寿詞(よごと)」も、そうした秩序観を前提に書かれていた。その事は、国会も内閣も裁判所も、(究極的には)主権の存する「国民」によってその権限を与えられ、その国民の統合を唯一「象徴」し得るのは、憲法上、天皇“のみ”である(しかも、その地位は国民の「総意」に基づく)という事実を考慮すれば、素直に納得できるだろう。