国内最大の保守系組織「日本会議」。 その機関誌が『日本の息吹』だ。その2月号の巻頭論文(執筆者は竹内久美子氏)に、いきなり「Y染色体」の話題がドカーンと出て来て、脱力した。
国立成育医療研究センターの研究で、「Y染色体の構造変化が従来想定されているよりも多様かつ高頻度であること」が、既に明らかになっている(同センター、平成27年1月18日プレスリリース)。
それ以前に、Y染色体を持ち出して「男系」限定を擁護しようとする議論は、歴史上の10代、8方の女性天皇のご即位の正統性を否定し(Y染色体をお持ちでないから)、その一方で論理上、平将門や足利尊氏らの皇位継承の可能性と正統性を認める(Y染色体を持つから)暴論だ。
しかし今更、改めて批判するには及ぶまい。それよりも、文中、以下のような記述を見掛けた。「憲法学者の百地章先生によれば、皇室典範の第2条第2項には『前項各号の皇族がないときは、皇位は、それ以上で、最近親の系統の皇族に、これを伝える』とあり、これがいよいよ皇統の危機が迫ったときには、旧宮家の方々に皇統を与えるということを意味するという」と。
今、私の手元の資料を簡単に調べても、百地氏がそのような議論をされている論文を見つけることはできなかった。どこかでそのようなことをおっしゃっていたような気がするくらいだ。しかし、言う迄もなく、百地氏は日本会議を代表する理論的指導者のお1人だから、この記述が間違っていれば当然、編集部が指摘したはず。よって一先ず、百地氏の議論と見るのが常識的だろう。
しかし、ここでは論者は誰であれ、そのロジック自体を取り上げる。皇室典範第2条では、「皇位継承の順序」を規定する。もとより直系優先の原則に従っている。
まず、第1項の第一号に「皇長子(天皇の第1子)」とあり、以下、皇長孫(皇長子の第1子)→皇長子のその他の子孫→皇次子(天皇の第2子)とその子孫→天皇のその他の子孫→皇兄弟(天皇のご兄弟)とその子孫→皇伯叔父(天皇のオジ=伯父・叔父)とその子孫という順序になっている。
今上(きんじょう)陛下に当て嵌(は)めると、第一号の「皇長子」は敬宮(としのみや、愛子内親王)殿下(但し、第1条に皇位継承資格を「男系の男子」に限定しているので除外)、以下ご不在で、第六号「皇兄弟及びその子孫」が皇弟(天皇の弟)の秋篠宮殿下と そのお子様方(但し、内親王方は先と同じ理由で除外)、第七号「皇伯叔父及びその子孫」は皇叔父(父=上皇陛下の弟)の常陸宮殿下(お子様はいらっしゃらない)。
この第七号迄に規定されている皇族方で、しかも第1条の条件をクリアする方がいらっしゃらない場合、第2項が適用される。しかし、今の皇室に対象者はいらっしゃらない。もし三笠宮殿下のお子様方、つまり寛仁(ともひと)親王、桂宮、高円宮(たかまどのみや)がご健在だったら、同項の対象者になられたはずだ(寛仁親王・高円宮のお子様方は皆様、女王なので除外。桂宮は生涯ご独身)。
ところが、先の議論は、不思議な主張をされている。「旧宮家」系の国民男性も同項の適用対象者であるかのような言い方だ。しかし、先に引用があるように、「皇位は…“皇族”に、これを伝える」と明記してある。
「皇族の範囲」は典範第5条に規定している。皇后、太皇太后、皇太后、親王、親王妃、内親王、王、王妃、女王だ。これに、先の特例法により「上皇后」が加わった(上皇は皇族ではない)。旧宮家系男性は皆さん「国民」であって、以上の範囲には勿論(もちろん)、含まれない。
条文を見れば誰でも分かるはずなのに、不可解だ。やはり、百地氏の見解ではないのかも知れない。尊敬すべき憲法学者の同氏が、こんな初歩的な間違いを犯されるとは考えにくいように思う。今の皇室典範が制定される時に法制局(内閣法制局の前身)がまとめた「皇室典範案に関する想定問答」にも、「庶系庶出(非嫡系・非嫡出)又は臣籍(しんせき)に降下(=皇籍離脱)された方」を除外し、「皇族といふ範疇(はんちゅう)に適する方に限定する趣旨である」ことが、明言されている。先の意見を唱えた論者が誰かはさして重要ではない。
ただ、Y染色体を振り回すのは論外としても、一部の男系限定に固執する人々の中には、皇族と国民の身分、立場上の違いや、皇室そのものの「聖域」性について、驚くほど無頓着な人もいる。上記のような余りにも明白な謬論(びゅうろん=間違った議論)が、ノーチェックで立派な機関誌に載っていること自体、いささか不安を誘う。