12日、岸田文雄首相は衆参両院の正副議長と会談し、無理筋で現実味がない皇族数確保策でお茶を濁した有識者会議の報告書を手渡した。
岸田氏は、報告書を「政府として尊重する」と伝えるにとどめ、両院議長は以下の談話を発表した。
「今後は、天皇退位について検討した際と同様に、各党・各会派の代表者が参加する全体会議で政府から検討結果に関する詳細な説明を受けた後、まずは各党・各会派で検討をお願いすることにしたい」
細田博之衆院議長は「十分な時間をかけて検討してもらう段取りだ」との考えを明らかにしている(時事通信、12日、10時5分配信記事ほか)。どうやら報告書の提案がそのまま制度化されそうな雰囲気ではない。
まず18日に与野党代表者が参加する最初の全体会議が開かれ、そこで政府から有識者会議の検討結果について詳しい説明が行われる予定だ。
しかし、今回の報告書がとてもそのまま国会の議論の土台にできる水準の内容でないことは、これまでも繰り返し指摘して来た。今後も、いささか「時間をかけて」政界関係者などに、丁寧に伝えたい。
養子縁組プランの杜撰さ
例えば、憲法が禁じている「門地による差別」などに該当する、国民の中の「皇統に属する男系の男子」の養子縁組を可能にし、皇族の身分を取得できるようにするプラン。
憲法違反という時点で即アウトなのだが、敢えてそれを一旦棚上げしたとしても、本気で新しい制度を作るつもりがあるのか疑いたくなるような杜撰な中身だ。まず、制度の適用対象自体が曖昧なのはどうしたことか。
「この方策については、昭和22年10月に皇籍を離脱したいわゆる旧11宮家の皇族男子の子孫である男系の男子の方々に養子に入っていただくこと“も”考えられます。
これらの皇籍を離脱した旧11宮家の皇族男子は、日本国憲法及び現行の皇室典範の下で、皇位継承資格を有していた方々であり、その子孫の方々に養子として皇族になっていただくこと“も”考えられるのではないのでしょうか」
最も重要な制度の適用対象に対して、“も”という他にも選択肢があり得ることを前提とした助詞が“二度”、いかにも自信が無さそうに繰り返し用いられている。これは何故か。
旧宮家に限定できるか?
国民の中には「皇統に属する男系の男子」があまた存在する(拙著『「女性天皇」の成立』37~38ページ、59~61ページ)。男系の血筋としては、いわゆる「旧宮家」系子孫より遥かに近い人々もいる。にも拘らず、何故、旧宮家に限定するのか。
「日本国憲法及び現行の皇室典範の下で…」という説明をしても、「その子孫」は生まれた時から“純然たる国民”だから、他の「男系の男子」とハッキリ区別できる客観的な“線引き”は、政治論・感情論としてはともかく、法律論・理性論としては至難。
そのことを自覚しているからこそ、“一案としてあり得る”「のではないでしょうか」?
―という以上の断定ができなかったのだろう。
作文に当たった役人の苦心のほどが偲ばれる。
しかし、皇籍取得を迫られる当人にとって、ある男系限定論者の言い方では「特攻隊に志願して戴くような」厳しい決断を必要とするはずだ(新田均氏)。
当事者の苦しい胸中を想像すると、「“も”考えられます」「“も”考えられるのではないのでしょうか」という、他にも手はあるけど一応これ、という腰の引けた言い方は、いかにも軽い。
対象者の人格の尊厳や掛け替えのない人生を軽視しているようにしか見えない。
結婚相手やお子様の位置付けは?
更に、養子縁組で皇族の身分を新しく取得した当人に皇位継承資格が認められないことに対して、“種馬扱い”といった下品な批判もあるが、養子になった後に結婚された場合、その結婚相手は皇籍を取得できるのかどうか。
内親王・女王方が結婚された場合、そのお相手は皇族にならないことが報告書に明記されている(これも無茶なプランだが)。
一方、養子縁組では、これへの言及“自体”がない。
このアンバランスさはいかにも奇妙だ。
養子縁組の際、既にお子様がいた場合、その子は「皇族とならないこと“も”考えられ」るとのことだが、養子になった“後”に結婚してお子様が生まれた時は、その子について皇族の身分及び(男子なら)皇位の継承資格はどうなるか。
これも一切、触れていない(もしお子様が男子でも継承資格がないなら、失礼ながら“種馬扱い”以下ということになる)。
プレッシャーを緩和?
しかし、報告書を読むと、こんな文章がある。
「皇族が養子を迎えることを可能にすることは、少子化など婚姻や出生を取り巻く環境が厳しくなる中で、皇室を存続させていくため、直系の子、特に男子を得なけれ場合ならないというプレッシャーを緩和することにもつながるのではないかと考えます」
これを読むと、(結婚相手の身分すら宙ぶらりんなのに)養子のお子様には皇族の身分が与えられ、「男子」なら皇位継承資格も認められる、というプランが透けて見える。
しかし、どうしてそれを正直に明記しなかったのか。
養子として皇族になった父親自身が皇位継承資格を持たないのに、その子だけ継承資格を認めるという制度の“正統性”について、疑念を払拭できなかった為か。
穴だらけのプラン
報告書がまとまった当日(令和3年12月22日)の記者への事前ブリーフィングでは、「養子の子孫については、議論していない」と説明していた。
それが事実ならずいぶん無責任な話だし、先の引用部分とツジツマが会わなくなる。
養子の子孫に皇位継承資格がないなら、「プレッシャーを緩和することに」何ら繋がらないからだ。
いずれにせよ、養子縁組プランは結婚相手やお子様について、全く“白紙”といういい加減さ。
こんな穴だらけのプランに応じて、自分の国民としての自由や権利、これまでの人間関係などを犠牲できる人がいるだろうか。有識者会議はもう少し真面目かと思っていたのだが。