平成から令和への時代の転換は、改めて言うまでもなく、上皇陛下のご譲位によってもたらされた。
そのご譲位は皇室典範の改正と特例法の制定によって可能になった。
ところが、特例法の制定ばかり注目され、皇室典範改正の事実が見逃されがちだ。
皇室典範の一部改正
しかし、例えば宮内庁のホームページの「制度」のページにも、特例法について解説する中で「皇室典範の一部改正」の項目を独立に設け、以下のように記述している。
「皇室典範附則に『この法律の特例として天皇の退位について定める天皇の退位等に関する皇室典範特例法は、この法律と一体を成すものである』との規定を新設するものとする(特例法附則第3条)」と。
本則でなく附則の改正にとどまったのは残念ながら、皇室典範“そのもの”の改正が行われた事実は軽くない。
典範改正の背景
この改正の背景については、衆議院憲法審査会事務局が作成した「第1章(天皇)に関する資料(衆憲資第95号)」(平成29年6月)に、国会自身の認識に基づく説明がある。
そこでは、「Ⅱ 皇室制度の連続的側面―皇位継承制度― 2 皇室典範(2)皇位継承」に「イ『国会の議決した皇室典範』の意義」という項目を立てて、以下のように述べる(同資料17ページ)。
「憲法第2条には『国会の議決した皇室典範』と規定されていることから、皇室典範は法律の一種とされているが、〔皇位継承という重大事への対応は憲法が“名指し”している〕皇室典範(昭和22年法律第3号)以外の法律は認められない〔つまり、上皇陛下のご譲位を可能にするには
皇室典範そのものの改正が不可欠で、単に特例法だけで対処するのは憲法違反になる〕とする見解もある」と。
特例法だけでは憲法違反
そのような見解の具体例として先ず掲げられているのは、私の『天皇「生前退位」の真実』(幻冬舎新書)での指摘だ(拙著55ページからの引用が載せられている)。
それと、もう1人は憲法学者の木村草太氏の意見(朝日新聞、平成28年12月21日付)。
これに対し、「政府は、『憲法第2条に規定する皇室典範は、特定の制定法である皇室典範のみならず、皇室典範の特例、特則を定める別法もこれに含み得る、当たり得ると考えられる』としている」(19ページ)。
こうした見解の対立を受けて、当時の大島理森衆院議長の主導により、国会の全政党・会派の討議を踏まえて取り纏められた「『天皇の退位等についての立法府の対応』に関する衆参正副議長
による議論のとりまとめ」(いわゆる“国会合意”、これが実際の法整備のベースになった)では、次のような結論に達している。
「各政党・各会派においては、…今回の天皇の退位及びこれに伴う皇位の継承に係る法整備に当たっては、憲法上の疑義が生ずることがないようにすべきであるとの観点から、皇室典範の改正が必要であるという点で一致した」と(「各政党」の中にはもちろん自民党も含まれる)。
政府は方針変更を余儀なくされた
これによって、皇室典範には手を着けず、特例法だけで押し切ろうとしていた政府の方針は変更を余儀なくされ、上記の宮内庁ホームページにあるような結果に至った。
皇室という「聖域」の根幹に関わる制度変更について、政府が特例法で恣意的に処理することを困難にする、確かな“前例”を作ることができた。
今後も、あくまで憲法―皇室典範という体系の中で、「憲法上の疑義が生ずることがないように」、制度としての整合性が厳しく求められる。
これは皇室の尊厳保持と立憲主義の観点から、大切な意味を持ったはずだ。
具体的な着地点に導く「論理」
あの法整備を支えた最大の基盤は、上皇陛下ご自身の強いお気持ちと、それにお応えしようとする圧倒的多数の国民の真摯な思いだった。
しかし、それを“具体的な着地点”に導く為には、「論理」が欠かせない。
「論理」はもちろん万能でも無敵でもない。
だが全く無力でもないことは、実例が教えてくれる。