皇室の祖先神は天照大神。
皇居・宮中三殿の中央にある賢所〔かしこどころ〕に祀られている。伊勢神宮(内宮〔ないくう〕)のご祭神〔さいじん〕であることは改めて言うまでもない。表記は天照大御神、天照坐皇大神など。その性別は「女性」とされている。
日本神話の最高神であり、皇室の祖先神が“女性”というのは、男尊女卑、女性差別的な価値観とはかけ離れた、ユニークな事実だろう。
ところで、天照大神が女性というのは、何故そのように言えるのか? 念の為に、手短におさらいしておく。
正式な国家の歴史書(正史)である『日本書紀』の記述を見ると、性別を知る次のような手がかりがある。
①神名が「大日レイ(雨+口×3+女)貴〔おおひるめのむち〕」「天照大日レイ(同前)尊〔あまてらすおおひるめのみこと〕」(肝心な“レイ〔雨+口×3+女〕”という漢字が特殊な文字なので、ちゃんと変換できず、残念。諸橋轍次氏『大漢和辞典』第3巻、773ページなど参照)と表記されている。これは、『万葉集』に「天照日女之命〔あまてらすひるめのみこと〕「指上日女之命〔さしのぼるひるめのみこと〕」(巻二、167番歌)とあるのに対応し、“女性”であることを示す。
②弟神の素戔嗚尊〔すさのおのみこと〕の来訪に対し、警戒して対面する場面で、髪型を男性の髪型(髻〔みずら〕)に変更し、女性が穿〔は〕く裳〔も〕を縛って男性が穿く袴〔はかま〕のようにした。
③素戔嗚尊から「姉〔なねのみこと〕」と呼ばれている。正史ではないが、『日本書紀』(720年)よりも前に成立した『古事記』(712年)でも、上記の②はほぼ共通している(但し裳を袴のように縛り直す場面は描かれていない)。なお、「日女之命」という表記がある『万葉集』中の和歌は、草壁皇子が亡くなられた時(689年)に柿本人麻呂が詠んだもの。
以上から、天照大神が“女性”であることは疑う余地がないだろう。ちなみに、『日本書紀』では高皇産霊尊〔たかみむすひのみこと〕について「皇祖〔みおや〕」と明記している。
これは、天照大神の孫(天孫)として天上から地上に降臨した瓊瓊杵尊〔ににぎのみこと〕の“母親”が、高皇産霊尊の娘・栲幡千千姫〔たくはたちぢひめ〕だったことによる。つまり女系(!)を介した“皇祖”ということだ。
シナ男系主義の大きな影響を受けていた『日本書紀』でさえも、「女性」「女系」の“皇祖神”を明記していた事実は、興味深い。もちろん、神話と歴史は混同すべきではないものの、日本神話にわが国“本来”の価値観・世界観が反映していることも、見逃せないだろう。