既にプレジデントオンラインの連載「高森明勅の皇室ウォッチ」の先月の文章「何もかも『大喪(たいそう)の礼』とは大違い…皇室研究者が指摘する安倍元首相『国葬』の大疑問」(8月26日公開、繰り返すがタイトルは編集部)で紹介したが、念の為に昭和天皇の「大喪の礼」関連の基本的な数字を改めて紹介しておく(『昭和天皇実録』第18巻のデータによる)。
〇崩御に伴って、昭和64年1月7日から平成元年1月16日までの10日間(1月8日から平成元年)に、弔問記帳に記入された人数は約233万人。
〇同年1月22日から24日までの3日間、皇居・宮殿東庭において、長和殿の東庭側の廊下に昭和天皇のお写真が掲げられ、同写真を通して昭和天皇のご遺骸を納めた殯宮(ひんきゅう)への
拝礼が行われた。この間に殯宮一般拝礼に加わった国民は約33万9千百人。
〇2月24日の「大喪の礼」当日、一般の霊柩車に当たる轜車(じゅしゃ、この時に使われたのはニッサン・プリンスロイヤル)が皇居から武蔵陵墓地(むさしりょうぼち)に移動される間、
沿道では約36万6千人がお見送りした。
私自身、上記のそれぞれに国民の一人として、謹んで加わった。
このたびの安倍元首相の「国葬儀」に際して行われた一般献花の数(2万5889人)については、比較の対象ではないので、それが多かったか少なかったか敢えてコメントする必要はないだろう。