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執筆者の写真高森明勅

天皇陛下の青春の記録『テムズとともに』の印象的な一節


天皇陛下の青春の記録『テムズとともに』の印象的な一節

わが国の皇室の特徴の一つは、天皇ご自身が和歌を詠まれ、あるいは歌集の勅撰を主宰され、学問を深められて、更にご著書までお持ちの例さえ珍しくないという事実だろう。


この事実に基づき、これまで『皇室文學大系』(全4巻。元の書名は『列聖全集』大正4~6年。大系本は昭和54年)をはじめ、和田英松氏『皇室御撰(ぎよせん)之研究』(昭和8年、同61年復刻)、米田雄介氏『歴代天皇の記録』(平成4年)、岡野弘彦氏・中村正明氏『天皇文業総覧(上・下)』(平成16~17年)などの著作も、まとめられている。


天皇陛下の『テムズとともに 英国の2年間』(平成5年)や『水運史から世界の水へ』(平成31年)なども、代々の天皇の著述の系譜に連なる素晴らしいご著書だ。


この度、天皇陛下が英国での2年間にわたるオックスフォード大学留学時代を回顧された『テムズとともに』が、新しく書き下ろされた後書きも付けて、紀伊国屋書店から新装復刊されるという(4月22日発売予定)。これは嬉しいニュースだ。


同書は当時の記録や写真などを元に、ご留学を終えられて7年後に筆を執られ、「学習院教養新書」シリーズの1冊として刊行された。畏れ多いが、天皇陛下ご自身による稀有な“青春文学”の趣きがある。


これを拝読すれば、天皇陛下をより身近に感じることができる(若き日の天皇陛下がジーンズ姿で現地のディスコに入ろうとされた時に陛下のご素性を知らない店員から服装をとがめられて、入店を拒絶された、といった類いのエピソードなども出て来る)。


その一方で、陛下の知的・人間的なスケールの大きさも、実感できるはずだ。この機会に、本書の中から印象的な部分を一ヵ所だけ、紹介させて戴く。


冒頭近くに出て来る、英国議会の開会式に初めて立ち会われた時の描写だ(以前にも紹介したことがあったかと思う)。


「(1983年=昭和58年)到着翌日の6月22日、英国議会の開会式を見学した。式は、エリザベス女王陛下、御夫君のエディンバラ公フィリップ殿下のご臨席のもとに、上院においておごそかに行われた。まず、きらびやかな礼装に身を包んだ上院議員が整列する中、きわめてフォーマルな

装いの女王陛下とフィリップ殿下が入場される。


やがて、女王陛下からの使者が下院に赴き、発声とともにドアを叩く。下院では開けたドアを使者の前で閉めて拒絶すること2回、3回目にようやく開け、下院議員全員が上院に向かう。いわば女王陛下の使者に三顧の礼をつくさせるわけであるが、私はこの一連の所作に、ピューリタン革命にまで遡る、王権から自立した、議会を主体とする政治の理念が表されている思いがした。ほどなく式場に現れた下院議員の服装は平服である。その中には、サッチャー首相の姿もあった」


この描写において、天皇陛下が「王権から自立した、議会を主体とする政治の理念」に対する共感のお気持ちを言外に表現されている(上院〔貴族院〕議員が「きらびやかな礼装」なのに対して、民衆を代表すべき下院〔庶民院〕議員が堂々と「平服」で式に臨む事実も、特筆されている)ことは、陛下ご自身のお立場に照らして、甚だ興味深い。


追記


〇靖国神社から同神社編『新訂増補 靖国神社略年表』(A5版、612頁、付図3点)をご恵送戴いた。関係者の長年のご努力によって完成した正確かつ詳細な靖国神社史の基礎資料だ。ご高配に感謝する。


〇プレジデントオンライン「高森明勅の皇室ウォッチ」が3月24日に公開されました。

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【高森明勅公式サイト】


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