ご一代の天皇に一つの元号。
これを「一世一元(いっせいいちげん)」制という。
シナで、明(みん)の時代から
「一帝一号(いっていいちごう)」制が
採用されたのが、ヒントになった。
しかし、改めて元号の歴史を振り返ると、
以下のように整理できるだろう。
すなわち、前近代には3つの改元パターンがあった。
(1)代始め改元。
(2)祥瑞(しょうずい)・災異(さいい)改元。
(3)辛酉(しんゆう)・甲子(かっし)改元。
これらのうち、 (2)はめでたい兆しや災いがあった時に、
(3)は年のエトが辛酉(かのととり)・
甲子(きのえね)に当たった時に、それぞれ改元した。
どちらも近代的知性で考えると、
迷信に基づいた“験(げん)かつぎ”に近い。
だから、いずれ取り止めは必至だった。
それで結局、伝統的な(1)代始め改元
“だけ”が残った、と。
シナの明・清(しん)で一帝一号制が採用されて
いたのが機縁となり(これは否定できない)、
一方では迷信的な改元への反省も進み
(これも重要)、“代始め改元”による
一世一元制が明治以来、我が国で定着する結果となった。
そう考える事ができる。
だから一世一元制を、専ら「近代的」な 新しい制度とばかりは言えない。
現在の「元号法」も勿論(もちろん)、
一世一元制を採用している。